夜の新樹卯の花腐し

2020年05月31日

とんかつ

 作歌する上で、やはり、語彙は豊富な方がよい。ただ、昭和の時代はいざ知らず、今は、なるべく易しい言葉で歌を作ることが多いようだ。言葉と修辞を放棄した歌が、流行しているように見受けられる。

 語彙を蓄えるためには、小生の場合、語彙が豊富な歌集を読むことが多い。例えば、高野公彦氏の歌集は、語彙の宝庫だ。古い人は、文語訳の旧約聖書や新約聖書が必須な文献という。今は口語短歌が流行っているので、口語訳の聖書を参考にするのがよいのか。小生は文語と口語を折衷して歌に遣っている。無宗教のためか、聖書を手元に置いていない。

 作歌をはじめて二十年ほどの経験からすると、一首の中でひとつの言葉がキラリと光る歌は目立ってしまう。得てして、いい歌には生り得ない。普段の日常生活で遣う言葉が非日常の時空への扉になっている歌の方に、まだ魅力がある。

 作歌の方法のひとつとして、読書に依存する(ブッキッシュな)方法がある。言葉を拾い、言葉をつなぐことに、個性が宿る。新鮮な言葉の連結は、歌に活気を与える。

 作歌のもうひとつの方法として、生活即短歌という思想のもと、散文的な日記調の歌に仕立てることは、おそらく、現代短歌の中軸と思われる。

 その他に先生の歌を真似ることがある。でも、先生はプロの歌人ですので、当然、その語法には、先生の歌でしか成立しないものがあり、それを敏感に把握しないで真似るのは、混乱を招くだけで、歌としても魅力がない。すなわち、真似ることは難しい。



valery2006 at 23:04│Comments(0)短歌 

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